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熊情制作
動画集
(Youtube)
当センターが過去に制作した聴覚障害者向け映像をYoutubeで公開しています。どうぞご覧ください。
 
   
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あきらのほのぼの日記
  
  一般財団法人 熊本県ろう者福祉協会
    常務理事  松永 朗
  1937年9月2日 長崎県佐世保生まれ。
終戦3ヶ月前に脳膜炎で聴力を剥奪される。その後、一般の小学校に3年通い、熊本聾学校に転校。
聾学校卒業後、紳士服仕立て職の雇い主がろう協の会長経験者で、ろう運動・福祉論の指南を受ける。
1992~2009年度まで熊本県聴覚障害者情報提供センターの所長を務める。
趣味は山歩き・読書・1日映画館を3軒はしごした映画好き。
 

 今回は雀の話をします。
 聴障センターの前にはテルサがある。聴障センターを利用された方やお出でになった方はお存じだろう。このテルサのある場所は、元は「熊本県立熊本聾学校と盲学校」があった場所である。昭和22年(1947年)に聾学校と盲学校は分離され、盲学校は、現在、水前寺陸上競技場前の変形四つ角にある茶房「一休」と県庁の駐車場になっているところにおかれた。水前寺電停から聾学校の構内を通って盲学校に通学していた生徒もいた。



 前置きが長くなったが、当時の聾学校には、現在、聴障センターをはさんだ道路に面した所には運動場があり木木が5~6本あった。野球好きの生徒たちが、「木は野球に邪魔、除去を!」と要求したが、NO!と言う回答が続いた。おかげで、今は相当大きな木になっている。
 この木々は雀のねぐらになっているらしい。聴障センターの玄関前で一服していると30~40数羽の雀が餌を求めて集まって来る。聴障センター前の電線、聴障センター二階の窓際下の7Cmくらいのコンクリートの厚みのところ、屋上などが集まる場所になっている。ところが、梅雨明け後、晴天つづきとなり、熱中症で病院に搬送されたニュースが出た後、何故か雀は来なくなった。聴障センターの玄関前で一服しているとき、あたりを見回すと、1羽もいないわけではないが、2~3羽が目につく。時間になったころ餌を撒いてもいつもの通り40~50羽が一斉に来ることはなくなった。
 まさか、雀も熱中症で倒れたのか、雀なりの避暑地にしばらく避難しているのかわからないが、気になるところである。雀と一緒に来ていた鳩5羽~6羽も同じである。

 人間なら、熱中症や体の異常に気が付いたら頼りになる病院がある。しかし、雀は・・・頼れるところがない。生きるために自らの健康は自ら守らなければならない。人間社会とは違い雀の社会は厳しい環境におかれているのではないだろうか。気候的には、秋と春は問題はないと思うが、問題は、猛暑の夏と厳寒の冬であろう。
 厳寒の冬の雀は、体を丸めて厳寒から身を守っているようである。人間は、社会の秩序とルールに囲まれて生活しているのに対して、雀は自由自在に空間を飛び回り好きなところで寝る。



 聾学校中等部のころ、父のはからいで通信教育を受けていた。この時の国語に、イワン・セルゲーエヴィチ・ツルゲーネフの作品が3作ほど紹介されていた。この中の一つに〝巣から道路に落ちたヒナをどうしょうもなく、激しく悲しく鳴く親鳥の様子を見て〟「敬虔の念に打たれた」と書いたのがあった。
 聴障センターの前には以前、大きくはないがある程度の樹があり、鳥の巣があった。ある日、この巣が台風で吹っ飛んだ。親鳥はヒナの行方を捜すように激しく鳴いていたことがある。これを守れなかった罪滅ぼしを兼ねて見守っている。
 しかし、台風のシーズンが近づいている。今も、9号と10号が進行中である。人間だけではなく、雀など鳥たちも大変だろうと思う。