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熊情制作
動画集
(Youtube)
当センターが過去に制作した聴覚障害者向け映像をYoutubeで公開しています。どうぞご覧ください。
 
   
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あきらのほのぼの日記
  
  一般財団法人 熊本県ろう者福祉協会
    常務理事  松永 朗
  1937年9月2日 長崎県佐世保生まれ。
終戦3ヶ月前に脳膜炎で聴力を剥奪される。その後、一般の小学校に3年通い、熊本聾学校に転校。
聾学校卒業後、紳士服仕立て職の雇い主がろう協の会長経験者で、ろう運動・福祉論の指南を受ける。
1992~2009年度まで熊本県聴覚障害者情報提供センターの所長を務める。
趣味は山歩き・読書・1日映画館を3軒はしごした映画好き。
 
 今年の夏は、記録的な暑さが全国を襲いました。ところが、これを書いている今日はなぜかそう厚くはありません。情提センターのHP原稿・インカムの原稿・それに九州大会の資料作りを見て神様が味方してくれたのかと感謝しつつ書いております。



 先日、お盆にご先祖様の墓参りに帰省した時のこと。墓のあるお寺に上がり、坊さんがお経を唱えている場で仏壇に手をあわせたのでありますが、考えてみるとお経の手話がないことに気が付いたのでありました。

 数年前、書店で物色していたら宗教関係のコーナーの前に来ておりました。目の前に「阿弥陀経」というのがあり、なんとなく手が伸びてPを開いてみると・・・・「きーみようむりょ じゅにょお~ら~い かーつーむ・・・」とつづいていました。漢字を見ても何のことやらさっぱわかりませんでした。だが、お経を聞くことができる人たちは、お経の声は聞こえるが内容がわかるのでしようか。では、手話通訳の手話をどうするかとなり、これは困難を極めるだろうと思います。聴覚障害者のほとんどは、葬儀の場でもお経が唱えられる間はただ座ってお経の終わるのを待つしかありません。何を言われているかもわかりません。

 処女航海で氷山に衝突して沈んだ有名なタイタニック号を題材にした映画が3回あります。(松永の記憶による) 最初は「歴史は夜つくれる」でありましたが、その2回目の映画だったかはっきりした記憶ではありませんが、どちらかの映画の場面で、乗船客がボート等に避難している間に弦楽器、バイオリン・ビオラ―演奏楽団員が避難が終わるまで演奏を続ける場場画ありました。みんなが避難し終わった後、楽団のリーダー格が「われわれも行こう。」と言いました。つまり逃げようと言ったわけです。一行の誰彼となく立ち去ろうとしたのでありますが、リーダー格は1人残り演奏を始めました。みんなはこれを見てみんなも残り演奏を始めます。この場面のセリフに「我ら身元に近づかん のぼる道は十字架に・・・」と出ていた。こういうイメージを演奏したものと思います。



 私が言いたいのは、「きーみようむりょ・・」というお経、「我ら身元に近づかん・・・」という演奏の声が聞えない者には実感を味わうことの権利が奪われています(言いすぎかな・・・)が・・・せめて手話で味わえる手話はないのか・・・永久の課題になるのではと思うことであります。聞こえない者の気持ちは聞こえなくならないとわからない、聞こえない者が聞える者の気持ちは聞こえるようになり体験しないとわからない。この間の橋渡しの手話はできないのだろうか。
永久の課題として残るのでしょうか。研究しても良いだろうと思うものであります。